11th World Space Modeling Championship in Slovenia
9月7〜13日まで、ヨーロッパのスロベニアで第11回モデルロケットオリンピックが開催されました。主催は国際航空連盟(FAI)およびスロベニア航空協会で、全世界から22カ国、269人が参加しました。日本は1992年の第9回大会(アメリカ)から参加していますので、今回3回目の参加。高度・滞空競技(パラシュート、ストリーマ)の3種目で争いました。
日本選手は昨年11月の世界戦選抜大会(筑波宇宙センター)の成績で決定された7名、それとヘルパー4名の総勢11名の日本選手団は9月6日に成田より出発。フランクフルトまで12時間、ベニスまで1時間半、ベニスからチャーターしたバスでスロベニアの首都ユーブリヤーナまで5時間半。深夜にホテルについて初日は終わり。
翌日は選手登録のみでしたので、街に出て日用品を買ったりテラスでのんびりランチを食べて過ごしました。

8日は、練習と開会式です。私はパラシュート滞空(S3A)用機体3機と高度競技(S1B)用機体2機を持ち込み、初日夜にチェコから購入した競技用エンジンでテストフライトを行いました。
S1B機について、エンジニアリングモデル(EM)による地上試験では、上段点火は成功していたのですが、フライトモデル(FM)の製作が間に合わず(出発当日の午前2時まで製作をしていた)現地で初のフライトとなったのですが、地上試験では生じなかった打ち上げ時の衝撃で速火線が抜けるという不具合のため、上段点火は何回やっても成功しませんでした。2時間の練習時間が終わって、開会式会場に向けてバスは出発しました。
開会式は小さな町で行われました。公園から町の中央広場まで22カ国の選手がそれぞれの国旗を掲げて行進しました。時折"ヤポン","ヤポンスカ"という声も聞こえてきます。この町に日本人が来たのは多分初めてでしょうし、この国の大半の人は日本人を見たことが無いのです。日曜日でもあり何かの祭りとも重なって、住民全てが歩道に並んでいるのではないかと思われるくらいものすごい人並みでした。市長やオフィシャルの挨拶、ULPの編隊飛行等のイベントが行われました。
開会式会場周辺は日本の祭りの様にアイスクリーム、民芸品、おもちゃ、衣類等様々な模擬店が並んでいました。豚の丸焼きや巨大なハンバーガーの店もありそこでランチをとりました。ホテルに帰る途中、バスが汽車と並んで走ると汽車の乗客が手を振ったり、道を行く馬車に乗った人が手を振ったりする等町の歓迎ぶりが伺えました。
9日は、ロケットグライダー滞空競技(S8E)とブーストグライダー滞空競技(S4B)です。S8Eはラジコン、S4Bはフリーフライヤーです。日本からの参加はなかったため、見学のみでした。
10日は、パラシュート滞空競技(S3A)とストリーマ滞空競技(S6A)です。米国チームはシャボン玉発生装置をいくつも設置し、中国チームは長い竿の先に付けた温度センサーのデータをペンレコに出力し、サーマルを探していました。

私の1回目は197秒、パラシュートと機体を交換して2回目にチャレンジしましたがシュラウドラインが絡み不開傘、44秒でした。3回目はうまくサーマルに入り20分以上滞空し流されていきます。小さくなる機体を追いかけ、会場を抜け、とうもろこしをなぎ倒しながら広大なとうもろこし畑を抜け、畑を抜け、森の手前で漸く回収しました。
鈴木隆、泊重忠選手は3回ともMAX TIMEを大きく超える記録を出していたので全員で無線機で連絡を取りながら回収に走りました。機体が回収できなければ次の打ち上げができないわけですから皆必死です。自分の背より高いとうもろこし畑の中を肩車して機体を探したり、ヘルパーの浜田さんは山の中に入ったまま連絡が途絶え、数十分後に泥だらけになりながらランチサイトに戻って来たので、理由を聞くと崖から落ち、しかもその時に野生の鹿に襲われそうになったという。まさに決死の回収作業となったのです。それでも3回目の打ち上げになると、皆MAX
TIMEを大幅に超えるようになり、回収作業も空しく泊選手の機体はとうとうロストしてしまったのです。3回のMAX
TIMEをクリアしておきながらフライオフに出られないとは、大変悔しい思いをしたことと思われます。鈴木選手は1回目のフライオフは420秒のMAX
TIMEをクリアし、2回目のフライオフは2位に195秒の差をつけ4270秒、計5590秒という大記録を出し優勝しました。他チームのタイムキーパーも観測を続け、クロアチアチームは軍用の大型双眼鏡で観測してくれました。優勝が決定的になり、計測を終了した後もイギリスチームは最後まで観測を続けてくれました。優勝が決まると各国から記念写真を撮影されたりして大変に盛り上がりました。この日の仮授賞式ではスロベニアの大地に君が代が流れ、夜空にはスポットライトに浮かぶ日の丸がありました。この日は選手もヘルパーも膝がガクガク、全身疲れ切っていましたので、ホテルに帰って泥のように眠りました。(起床は毎日6時です)

11日は、高度競技(S1B)です。日本からは私を含め3人が出場しましたが、古田晴彦、内山豊両選手は打ち上げミス及び観測不能で2回とも記録無し。私は慎重に速火線を入れ、打ち上げました。上段には点火したのですが、切り放し時にバランスを失って横に飛び打ち上げミスとなりました。
朝の時点で、S1Bは原則として1回の打ち上げであるが、打ち上げミス等で計測できなければもう一度打ち上げられる、と聞いていたので、2段式(A7-0+A2-5)及び前日使用したS3A用機体を改良した1段式(B1-6)の2機をエントリーしていました。
ところが、時間が押して2回目は無いとアナウンスが流れたため、断腸の思いで打ち上げ準備が完了したロケットを発射台から降ろしました。その後もう一度チャンスがあるとか、それは測定者のミスで測定できなかった場合のみだとか、情報が錯綜し、そのたびに一喜一憂しましたが、最終的に全員2回打ち上げるということになり、既に片付けたロケットを再び発射台にセットしたのです。

2回目は、確実に記録を残そうとS3A用機体のフィンを削り、軽量化してB1-6型エンジンを装着したシングルステージモデルでチャレンジしました。今大会最後のイグニッションだ、と自分に言い聞かせカウントダウンの声に従いゆっくり確実にボタンを押しました。多くの費用を掛け仕事を休んで遥々スロベニアまでやってきたわけですから、このワンプッシュが今後2年間後悔し続けるか、土産話に花を咲かせるか大きな瀬戸際です。“バシュッ”とイグナイターが弾けた瞬間、白い航跡を残して、自分にとって今大会最後の機体が飛んでいきました。“もっと行け!”心の中で叫び続けました。航跡が消え暫くした後青空の一点にはっきりとピンク色の煙がマーキングされたのです。“これなら確実に測定される!”と確信しました。ボードに張り出された結果を見ると329mを記録して55人中26位(国別で17位)でした。因みに優勝はロシアの1209mでした。この日の夜はグランドピクニックデイでランチサイトで牛の丸焼きを食べ、打ち上げ花火を見て過ごしました。
12日は、ピクニックデーで、スロベニアの名所を一日観光しました。湖の畔にあるBLED城、湖に浮かぶ教会、BOHINJ滝等を見て回りました。
13日は、スケールモデル高度競技(S7)です。今日は朝から小雨が降りテントの中にいても寒く震えていると、イギリス(?)チームから缶ジュースの缶で作った即席コンロを頂きました。
雨も止み競技が開催され、サターン、アリアン、ソユーズを始め各国のリアルロケットのスケールモデルが次々と打ち上げられました。いずれもディスプレイモデルなど比べ物にならない程の精密さで、これが実際に飛ぶのですから大した物です。ソユーズ等は一段目を綺麗に分離し上段を点火し更に上昇していくのですから見応えがあります。製作にはものすごい苦労が伴うだけに打ち上げが成功して抱き合うチーム、墜落した残骸の前で落ち込む選手等、悲喜交々のドラマが見られ、見学する側も息をのみはらはらします。エンジン不良で墜落する機体が幾つかあり、地上に散った破片を一つ一つ集める選手の姿は余りにも気の毒でした。今回日本はこの種目に参加していないのですがそれには訳があります。4年前の第9回アメリカ大会で日本はH-II
HOPE,TR-Iたけさき,M-Vモデルで参加したのですが、書類の不備のため失格になったのです。世界中のロケットが次々と打ち上げられる中、日本のロケットが一機も打ち上げられないことは淋しいものです。次回には世界中の人の前でH-IIやJ-1等が打ち上げられることを望みます。

夜はバンケットです。ホテルのホールに関係者全てが正装して集まりました。今まで競い合ってきた選手達が親睦を深める重要なセレモニーです。バッチやステッカー、パンフレット等を交換し、再会を誓いました。NASDAグッズやNASDAのパンフレットをいっぱい持ってくるべきだったと痛感しました。ここで感じたことは、世界の子供達はモデルロケットを通して国際交流ができて幸せだということです。そこには"科学離れ"等という言葉は存在しません。日本からも早くジュニアクラスに参加できる選手が現れて欲しいものです。
14日はスロベニアを後にしイタリアで一泊、翌日は一日中ベニス観光を楽しみ、16日ベニス発,17日朝に全員無事帰国しました。
最後に、鈴木選手の優勝は機体の完成度、サーマルを見つけ正確に目指す打ち上げ精度そして全員が一丸となった回収体制全てが揃って得られたものです。このいずれが欠けても優勝はおろか入賞は不可能でしょう。これから世界を目指す多くの方にこのことを、技術だけを磨いても入賞できないことを伝えたいと思います。
文責:足立昌孝
E-mail:adachi.masataka@tkjv01.nnet.nasda.go.jp