はじめてのモデルロケットがあらわれたのが1957年。1958年には米国でキットとエンジンが量産され市販されました。それにはひとつのわけがありました。
モデルロケット以前の青少年のロケット実験は、危険な燃料や機体を使っていたために、事故や怪我が相次ぎました。これを憂慮した宇宙ロケットの専門家が、何とか安全なロケット実験が出来ないものかと頭を悩ませていました。そこに届けられたのが、アメリカの片田舎にすむ靴屋さんが工夫した「オモチャロケット」。この1機のロケットを原型にして、安全な青少年ロケットのアメリカでの基準が作られました。やがて1969年の国際宇宙学術会議から青少年の安全なロケット実験の基準が研究され、1973年に国際模型ロケットエンジン規格が制定されることになりました。

危険な青少年ロケット実験が社会問題化したとき、それを「禁止する」のではなく、より安全な指針や環境づくりをすることによって、奨励するという考え方は少年少女の独創性を育てるためには、ぜひ学ぶべき態度だと考えます。
欧米と比べ、出発こそはひどく立ち後れた日本の宇宙開発ですが、現在ではその予算技術とも世界屈指の先進国になっています。しかしそれに比較して、国民や将来を担う子どもたちの宇宙に対する感心や知識は、あまり高いとは言えません。
日本モデルロケット協会は、モデルロケットを通して、青少年の宇宙科学に対する啓蒙、育成活動を目的としています。