日本モデルロケット協会を設立した 山田 誠さん

90.05.23 東京読売朝刊13頁より

やまだ・まこと 東京都出身。日大芸術学部放送学科卒。東京の民放局で5年間、主に報道アナウンサーを務めた後、フリーに。40歳。

紙製の模型ロケットを火薬で打ち上げるモデルロケット。米国では、安全教育を受ければ、だれでも気軽に楽しめる。愛好クラブは五千を数え、米航空宇宙局(NASA)が普及に全面協力、学校の授業にも取り入れられている。
「宇宙科学の身近な教材にもなっているアメリカに比べて日本は情けない。こんな状況じゃ日本のロケットが月に行くのは何年先でしょう」。
協会を設立したのは、そんな思いから。理事にはSF作家らも名を連ねる。ロケットの本体は長さ二十センチから二メートル。電気着火式の発射ボタンを押すと、シューという噴射音を残して百―百五十メートルまで上昇、パラシュートで降りてくる。
これまで世界各国で三百二十万回打ち上げられ、事故は一度もないが、日本では、火薬類取締法が立ちはだかる。通産省に日参し、協会で安全講習会をしたうえ、二種類の許可手続きを踏むことでようやくOKに。小学生の時、デパートで米宇宙船「フレンドシップ7」の実物展示を見て、宇宙のとりこになった。一昨年、仕事先のグアムで、モデルロケットの打ち上げ風景を初めて目にし、宇宙へのあこがれを“再点火”。
「フレンドシップに接した感激を子どもたちに教えてやりたい。その中から、いつの日か宇宙飛行士になる子が出れば」
高度、時間、着地点の正確さを競う二年に一度の世界コンテストも開かれており、
「二年後の大会に日本チームを出場させる」
のが当面の目標だ。

地方部 高橋 博文
読売新聞社

注釈)
上の記事は協会設立当時の新聞記事を引用したものです。
協会で行う講習は、自主安全教育です。
1990年以前もモデルロケットの取扱いが全く不可能だったわけではありません。
1992年にはアメリカで行われた世界選手権出場を果たし、1995年には規制緩和の動きによる通産省令が施行され、現在ではC型エンジンまで自由に扱えるようになっています。


モデルロケット 宇宙の夢 キットで手軽に 火薬使い一気に200メートル

91.06.05 東京読売夕刊15頁より

 ロケット打ち上げを趣味として楽しむ人が増えている。ミニチュア版であるため「モデルロケット」と呼ばれるが、愛好者は「ただのオモチャじゃありません」という。そんな言葉に誘われて打ち上げの様子をのぞいてみた。

(井川 陽次郎記者)

◆協会設立、コンテストも
 「風速よし、上空に飛行物体なし。秒読み開始。5、4、3、2、1、発射っ!」。
シューと音がしてすぐ、全長約六十センチのマーキュリー・レッドストーン・ロケットが火を噴きながら発射台から飛び去った。高度約二百メートルまで急上昇し、青空の一点に。しばらくしてパラシュートが開き、臨時発射場となった浦和市近くの荒川の河川敷公園に、ゆっくり舞い降りてきた。感動して空を見上げていたら
「どうです。やみつきになりそうでしょう」
と日本モデルロケット協会の山田誠会長(41)の声がかかった。このロケット、下部に装着された火薬が爆発し推進する。機体は紙。といってもグラスファイバーが入っており、二千度を超す発射時の高温でも燃えない。火薬は、五メートル離れたところからコードで電気を送って点火される。最高点に達し、落下する途中で再び火薬が爆発して機体が割れ、格納してあったパラシュートが開く。火薬を替えれば、機体は何回でも利用できる。
米国で三十年前に開発された。当時、ソ連は人類初の有人宇宙飛行に成功。先を越された米国は、月に人類を送るアポロ計画に着手した。モデルロケットは、未来の宇宙飛行士や宇宙科学者を育てる教材だった。
しかし、日本には火薬類取締法の制限があり、最近まで一般の人が打ち上げを楽しむのは事実上不可能だった。「米国では小中学校の教材。科学の勉強になるし、子供たちに宇宙への夢もはぐくむ。日本でもぜひ」。そう願う山田さんらの奔走の結果、昨春やっと、火薬量五グラム以下のロケットなら街の模型店で販売可能になった。同時に山田さんは、文部省宇宙科学研究所の教授らと日本モデルロケット協会を設立し、普及活動に乗り出した。現在、会員は約六百人。
米国のモデルロケットは、長い歴史を持つだけに、機種やサイズも多彩。スペースシャトルやマーキュリー、タイタン、ソユーズ型ロケットなど宇宙開発史に残る名機がキットとして販売されている。自作品では、全長六メートルに及ぶロケットや、機体の一部を切り離しながら上昇する多段式ロケットもある。大型火薬なら高度三千メートルまで打ち上げたり、チンパンジーを乗せたりもできる。機体設計用のコンピューターソフトも作られている。
日本で、こうしたロケットを打ち上げるには協会のライセンスを取り、火薬類取締法の許可を得る必要がある。
が、「市販のロケットでも十分楽しめる。これで練習した後、大型ロケットに取り組んでほしい」と山田さんはいう。打ち上げ高度や定点着陸を競うコンテストも今年から日本各地で開催中。今月九日には名古屋で中部大会が開かれる。世界大会は来年秋に米国シカゴで開かれ、日本代表は次期国産大型ロケットH―2のモデルを作って乗り込む予定。また、新潟県に、モデルロケットの専用発射場を作る計画も浮上している。本物のH―2開発はトラブルが相次ぎ、アメリカの宇宙基地建設計画もお先真っ暗……。だが、モデルロケットだけはスカッと大空目指して飛び続けている。

読売新聞社

注釈)
上の記事は協会設立当時の新聞記事を引用したものです。
協会が発行するライセンスは、自主安全教育に基づくものです。
1990年以前もモデルロケットの取扱いが全く不可能だったわけではありません。
1992年にはアメリカで行われた世界選手権出場を果たし、1995年には規制緩和の動きによる通産省令が施行され、現在ではC型エンジンまで自由に扱えるようになっています。


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